日立市社協だより№174 最優秀賞作文 『オレンジの』  滑川小学校 5年 あおき そう 青木 蒼羽さん  「僕は誰だったかな?」そう問いかけるのは、福祉施設に入所している僕の曽祖母だ。「僕は蒼羽だよ。」と、本日三度目となる曽祖母の問いに答える。 「蒼羽はこんなに大きくなったの。よく来てくれたね。」とまるで、初めて聞いたかの様に驚きながらも笑顔で話している。曽祖母の中では、僕は五才位の年齢で成長が止まっているようだった。  曽祖母は一昨年に脳梗塞になり、左半身に麻痺が残り、車椅子の生活になってしまった。現在は自宅での生活ができる様に、リハビリの為に入所していると父から聞いていた。  曽祖母は、遊びに行くとよく、釣り堀に連れていってくれた。お魚を釣って、一緒に食べるお刺身は本当に美味しかった。部屋を走り回る僕に父と母は静かにするように注意する中、曽祖母だけは「元気があって良い。一緒に散歩に行こうか?」と裏の田畑に連れていってくれた。  帰宅する車の中で、そんな記憶がよみがえり、悲しい気持ちになった。  後から曽祖母は初期の認知症だということを聞いた。認知症という言葉は聞いた事があったけれども身近な家族がなるなんて信じられなかった。認知症は脳の病気の一種で誰にでも起こる事だと知った。文字を見ただけで不安になることばかり書いてあった。そして、驚いたのは認知症に一番初めに気づくのは自分自身だという事だ。出来ていたことが徐々に出来なくなる、大切な事が段々と思い出せなくなる、それを自分で気づき感じるのはとても怖いことだと思った。曽祖母もそう感じたのだろうか、僕は自分のことばかり考えてしまっていたけれども、曽祖母はもっと辛い思いをしていたのではないかと申し訳ない気持ちになった。  今回、認知症について色々と考え、調べるきっかけになった。九月は世界アルツハイマーデーとして認知症の理解を広めている運動をしていること、また認知症のシンボルカラーであるオレンジを掲げたチームオレンジという存在がある事を知った。  チームオレンジは認知症になっても住み慣れた地域で暮らせるように、本人とその家族が必要な支援をチームとして応援していく役割があるとのことだった。認知症だから出来ないと諦めるのではなく、支えがある事で出来ることを一緒に考えて支え、慣れ親しんだ場所でその人らしくいつまでも過ごせるのはとても大切な事だと思った。僕自身、認知症に関してまだまだ知らない事ばかりだけれども少しずつ学んでいけたらと思う。  曽祖母は今の僕をすぐには、分からなくなってしまったけれども、僕が大好きな優しく笑う笑顔は変わらなかった。敬老の日にまた、会いにいこうと思う。曽祖母の笑顔が見られるなら質問にも何度でも答えようと思った。 〈原文のまま掲載しています〉 3 令和6年12月5日号